高松工業とは??

始まりは、昭和6年。
70年以上受け継がれてきた高松の家づくり。

ヒストリー「高松良司物語 創業者高松良司生涯の思い」代表 高松良司

代表 高松良司

津軽の小さな集落で生まれ

私、高松良司は昭和32年5月10日・五所川原市は前田野目の「斎藤家」に生まれました。貧しい家庭で育ち、小さい頃から寒くて当たり前の家で暮らしていたため、暖かい家で暮らせないものか・・・といつも考えており、建築家になるのが夢でした。昭和46年に「浪岡高校」卒業後、東京の「中央工学校」で建築を学び、20歳で設計事務所に就職、それから4年後、知人の紹介でお見合いの話がまとまり。五所川原市の「高松家」へと婿養子に入ることになります。私の義父、高松誠二は会社を興したのが昭和6年。当時、下請けとして大きな仕事はしていましたが、ほとんど利益は残らず、先行きが見えなくなっていました。公共工事依存から脱しよと提案をしても、義父と衝突、業を煮やした私は平成7年に独立を決行します。

新築住宅をメインで手掛ける工務店として再出発

「株式会社高松工業」の起業。友人知人の紹介などから仕事を頂き、数年は会社を維持出来ていましたが、平成12年頃から不況の影響もあり。売り上げ半減、新築着工棟数も年間2棟にまで落ち込みます。

進むべき道との出会い

そんな折、1本の電話が入ります。独立前からの付き合いになる斎藤棟梁からでした。「社長!面白い話聞いだはんで東京まで行がねが?」それは住宅商品を開発する為の勉強会でした。半信半疑でしたが、勉強会で話を聞き、お客様にも業者にも喜んでもらえるその内容に、すっかり引き込まれていました。青森に帰って直ぐに行動し、津軽に合った「手頃な価格で、温かい家を建てたい!」自分の想いを何度も何度も業者と大工に伝え、賛同者を徐々に増やしていきます。業者との交渉の際に助けとなったのは、義父の代から70年以上続けてきた「手形・赤字を絶対に出さない、支払い期日を厳守する」という、企業としての信用と実績でした。

理想の家づくりへの挑戦

平成19年4月、商品が完成。チラシ・新聞広告・HPなどで宣伝し、お客様の反響は大きかったのですが、心無い同業者から「安く見せかけてるだけだろ!」「違法工事でもやってるんだろ!」などど、陰口を叩かれる事も多かったです。それでも地道に1棟1棟お客様のご依頼に応え、現在で手掛けさせていただいた新築住宅は累計300棟を突破しました。今では義父とも和解し、お互い協力しながら津軽に合った「手軽な価格で、温かい家」を造り続けています。

昭和20年 大工時代(義父・高松誠二)
昭和20年 大工時代(義父・高松誠二)
昭和58年 専務時代(現代表・高松良司)
昭和58年 専務時代(現代表・高松良司)
平成28年 代表時代
平成28年 代表時代
斎藤棟梁
斎藤棟梁